年の暮れのお寺カフェ2017 文字起こし2 の続き

 

・ブッダ、そして観音様について

 

十一面観世音菩薩像

 

ここで改めて、観音様の話をしようと思います。

みなさんはブッダという言葉を聞いたことがありますか?

手塚治虫さんがブッダというタイトルでお釈迦様の漫画を書いていますね。

観音様をはじめ、すべての悟った方のことをブッダといいます。

 

ブッダには3つの特徴があります。

ひとつめは智慧(ちえ)。瞑想を完成して真理を実体験することで生まれる智慧です。

ふたつめは慈悲(じひ)。あらゆる他者への慈しみと共感の心です。

みっつめは方便(ほうべん)。方便とは手段のこと。相手を苦しみから脱出させるための手段が自由自在であることです。

このブッダの3つの特徴のなかの、方便のチカラを特に強調したお姿が観音様です。

本名は「観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)」といいます。よく世間の音(出来事)を観ている仏様です。

観音様は三十三变化身といって、苦しんでいる人を導くために仏様ではない姿をとります。

その姿には、天の神様の姿、お坊さんの姿、子供の姿、龍や鬼や妖怪の姿など様々です。

 

ところで、うちには3歳になる子供がいます。

最近はごっこ遊びが好きで、よく色んなものに変身します。

お店屋さんになったり、急にお化けや鬼さんになったり、保育園の先生になったり、犬や猫になったりします。

まさに変化自在といった様子で、人間にはもともとこういうチカラが備わっているのです。

これは「自分」や「自分の立場」といった固定したイメージが少ないからできるのです。

大人になるとほとんど固定した役割を演じることが多くなります。

そしていつの間にか、その役割だけが自分なのだと思い込んでしまいます。

大人になってから自由に变化できるのは役者さんくらいでしょうか。

一方で観音様は「自分」という強いこだわりがないので、相手のために何にでもなれるのです。

瞑想を続けていると「自分」のイメージが柔らかくなってきて、観音様のように機転がきくようになります。

ぜひ皆さんも瞑想を続けてみてください。

 

・良い瞑想をするための準備

 

みなさんが生活のなかで瞑想をするためには、環境作りが必要になります。

あんまりゴチャゴチャした部屋や、やり残しが積み重なっていると気が散りますよね。

ですから、あなたなりに「ああ片付いたな」と思える程度で結構です。掃除をしましょう。

 

その上で大切なことが2つあります。

ひとつは、戒律(かいりつ)です。戒律というと難しいですね。これは「誰も傷つけない」ことです。

誰かを傷つけるとき、私たちは平静な気分ではいられません。

傷つける時も、傷つけた後も、決していい気分ではいられないのです。

傷つけられた人もいい気分ではないので、また誰かを傷つけるかもしれません。

暴力をふるうこと、言葉で傷つけること、傷つけることを想像すること。

これを「たった今からやめます。」と、自分の心に宣言することです。

そして、うっかりまた自分や他の誰かを傷つけてしまったら、

またもう一度「たった今からやめます。」と、自分の心に何度でも宣言します。

それによって私自身を守り、私の周りにいる人を守ることで安心感のある場ができます。

瞑想をするには安心感がとても重要なのです。

 

さて、もうひとつ大切なこと。それは慈悲の瞑想です。

これは周りの人に対する垣根をどこまでも低くすることで、親しみを感じる心を育みます。

そして、誰に対しても警戒したり緊張したりしない心を意識して育てるのです。

1日、1週間、1ヶ月、1年とどんな時でも緊張しないことを想像してみてください。

あなたはいつどんな時でも安心して瞑想をすることができます。

その時、瞑想はとても広く深い泉のようになっているでしょう。

 

慈悲のチカラが育まれてくると、それは菩提心(ぼだいしん)となります。

菩提心とは、すべての生きとし生けるものが苦しみから救われるよう願う心です。

以前は助けようと思わなかった人を助けようと思うようになります。

以前は助けようと思っても手がでなかった相手に、自然と手がでるようになります。

そして誰かに手を差し伸べることが軽やかになります。

そのときは自分も楽だし、相手も楽なのです。

 

マインドフルネス瞑想は、戒律と慈悲の瞑想に助けられて深まっていきます。

どうぞ日常のなかで瞑想を深めていってください。

 

・最後に慈悲の瞑想

 

(慈悲の瞑想の紙を配る)

 

私が幸せでありますように

私の悩み苦しいがなくなりますように

私の願いごとがかなえられますように

私に悟りの光があらわれますように

私が幸せでありますように

 

私の親しい人々が幸せでありますように

私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように

私の親しい人々に悟りの光があらわれますように

私の親しい人々が幸せでありますように

 

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように

生きとし生けるものに悟りの光があらわれますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

 

私の嫌いな人々も幸せでありますように

私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように

私の嫌いな人々の願いごとがかなえられますように

私の嫌いな人々にも悟りの光があらわれますように

 

私を嫌っている人々も幸せでありますように

私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように

私を嫌っている人々にも悟りの光があらわれますように

 

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

 

それでは、今から皆さんでこれを読んでいきます。

その前に、私からいくつか提案をしたいと思います。

まず、なるべく具体的な人を思い浮かべてください。

「私の親しい人」「私の嫌いな人」「私を嫌っている人」それぞれに1人ずつ。

なかには私自身の幸せを祈ることに抵抗のある人がいるかもしれません。

そんな人は、自分が赤ん坊だと思って、その自分を母のように抱っこしていることを想像してみて下さい。

嫌いな人や、私を嫌っている人に対しても難しいと感じたら、

その人が赤ん坊だった頃を想像してみて、慈悲の瞑想をしてみて下さい。

赤ん坊でも抵抗のある人は、まだ胎内の種のような頃でもいいでしょう。

そうして、自分が親しみを感じる、あたたかい気持ちが生まれているのを感じてみて下さい。

それでは皆さんで一緒に声にだして読んでいきます。普段は心の中でも構いません。

(慈悲の瞑想を音読)

 

最後に、「ここにいる皆さんが幸せでありますように」と3回言ってお終いにしましょう。

(3回皆さんで言う)

今日は最後までお付き合いありがとうございました。

 

(内陣に入って観音様のお御足を触ってお参り、そして和室でソベラボさんのお菓子を食べながら今年の漢字1字を各々が発表。)

 

・おまけ

みなさんの今年の一字

(今年の一字を各々が決めるなかで、困難が多かった人もいるなかで。)

大切なのは日々の生活です。

1日1日と積み重ねていったことは揺るぎない軸を生み出していきます。

人生のなかでときに奇跡のようなことがありますが、それは数えるほどです。

大切なのは奇跡ではなく、日々の積み重ねです。

しっかりとした軸が培われていけば、どんなことがあっても大丈夫です。

まわりでどんな風や嵐が吹こうとも、事故や病気にあっても大丈夫になります。

また来年ここで集まったときに「色々困難はあったけど良い1日だった」といえるようになります。

皆さんがまた来年ここでいい顔で集まれるよう楽しみにしています。

 

ソベラボさんのお菓子